超高級車マイバッハを買う人たち

 世界各国で不況が深刻化し、多くの人々が路頭に迷う一方で、欧州の自動車メーカーは、一台3000万円から4000万円もする超高級車を次々に発表している。ダイムラー・クライスラー社が、去年メルセデス・ベンツよりもはるかにぜいたくな高級車マイバッハを自動車ショーで披露したほか、BMW社はロールスロイスのニューモデル「ファントム」を、今年一月に発表している。

* 世界に9000人の顧客

 このような車を買うのは、いったいどういう人たちなのだろうか。ダイムラー・クライスラー社が行った市場調査によると、超高級車を買うための資力を持ち、自動車に興味がある顧客の数は、全世界で約9000人。地域別に見ると、最も顧客が多いのが米国で、次が英国とドイツを初めとする欧州。さらに中東の湾岸諸国とアジアが続く。職業的には、会社の社長や芸能人、政治家が多い。

 ダイムラー・クライスラー社は、超高級車市場での競争が激しくなっていることから、裕福な顧客をひきつけるために、あの手この手の工夫を行っている。まず、同社は去年七月に、ドイツのズィンデルフィンゲンという町に、マイバッハの顧客だけを担当する「センター・オブ・エクセレンス(COE)」を開設した。

この町は、ダイムラー・クライスラーの本社がある、ドイツ・シュトゥットガルトの南20キロに位置する。同社が1000万ユーロ(約13億円)を投じて建設したこのサービスセンターは、2200平方メートルの敷地を持ち、マイバッハを組み立てるための「アトリエ」も備えている。(工場と呼ばずに、まるで芸術品のようにアトリエと呼ぶところが、ちょっときざである)

*オーダーメードの高級車

 COEには常時四台のマイバッハが展示されており、顧客はここで車に乗り込んでみたり、試乗してみたりして、乗り心地を味わうことができる。ダイムラー・クライスラー社が「自動車のオートクチュール」と呼ぶマイバッハは、一台一台が事実上の手作りであり、一年間に1000台しか生産されない。同社は客の注文を受けてから、4週間をかけて「アトリエ」で自動車を組み立てるのだ。

 マイバッハには、DVDプレーヤーやテレビ、飲み物のための冷蔵庫、ワイヤレスの自動車電話、ドルビー・システムのステレオが標準装備として取り付けられているが、顧客は好みに応じて、様々なカスタム装備、独自の仕様を注文することができる。

たとえば、車体の色は17色から選ぶことができるし、内装は6色、内部の高級木材も3種類から選ぶことができる。さらに、シャンペンの容器や、ゴルフクラブの格納庫から、葉巻入れ、スイッチ一つで透明度が変わる屋根のガラスまで、特注で取り付けることができる。ダイムラー・クライスラー社は、バリエーションの組み合わせは220万通りにのぼると豪語している。

 COEは、客が様々な素材を見ながら、自分の好みのマイバッハを注文するための場所でもあるのだ。4週間後に完成したマイバッハは、ここで客に引き渡される。もっとも、忙しい会社社長が、わざわざドイツまで足を運ぶことができるとは限らない。

このためダイムラー・クライスラー社は、ニューヨーク、ロンドン、パリ、ローマ、香港、ドバイ、ベルリン、ミュンヘンなどに「マイバッハ・センター」を開いている。顧客は各地のセンターからビデオ会議システムでズィンデルフィンゲンのCOEと連絡を取り、自分の好みのマイバッハを注文することができる。

* PLMが個別に顧客対応

 さてオーダーメードの車を買うような、裕福で社会的な地位を持った客には、個別の手厚い対応が必要である。マイバッハの顧客一人一人に専門のセールスマンかつアドバイザーとして対応するのが、パーソナル・リエゾン・マネジャー(PLM)である。日本語に訳せば「顧客専任連絡マネジャー」ともいうべきPLMの役目は、この車の技術的な側面だけでなく、顧客のライフスタイルに精通し、サービスに関するあらゆる要望を、可能な限り満たすことである。

また外国人の顧客が多いことから、数ヶ国語を操ることも必要である。PLMは、24時間いつでも顧客の問い合わせに答える態勢にあり、全てのマイバッハの自動車電話には、担当のPLMの電話番号が入力されている。PLMは顧客がコンサートやオペラ、F1自動車レースなどに行きたいと希望したら、切符の手配まで行ってくれる。

世界中に40人いるPLMは、COEでの4週間にわたる研修で、車に関する専門知識と、トップクラスの顧客に対応する技術を仕込まれることになっている。

 さらに顧客が希望すれば、大型のプロジェクターやIT機器とともに、世界各地の顧客を訪れて、現地でマイバッハについて説明を行うのもPLMの重要な役目である。また技術的なトラブルが生じた場合に、現地に急行する「フライング・ドクターズ(空飛ぶ医師)」と呼ばれる専任のエンジニア・チームも、マイバッハの顧客のためだけに待機することになっている。

* 2年おきに高級車買い換え

 さてドイツ南部のアウグスブルグに住むアルフォンス・クレムス氏(70才)は、超高級車を買うだけの財産を持つ9000人の一人である。芸能プロダクションの経営などを通じて巨額の富を築いたクレムス氏は、金色のロールス・ロイスなど5台の車を持っており、2年おきに高級リムジンを買い換えないと気がすまないカーマニアである。

クレジットカードは一切使わず、車を買うにも現金で支払う、クレムス氏のような富豪は、自動車メーカーにとっては喉から手が出そうな顧客だ。だが
20才の時に最初のロールス・ロイスを買い、ドイツのロールス・ロイス・クラブの会員になるほど、この英国車を愛している彼は、まだマイバッハを買うかどうか決めかねている。

「去年マイバッハのPLMから、買いませんかという電話があった。前金だけでも5万ユーロ(約650万円)払わなくてはいけないので、一度試乗させてくれといったら、すべて貸し出し中で、試乗はできないと言って来た。さらに、実際に車が届くのは2003年の暮れだと言われたから、じゃあ買わないよと言ったら、PLMがあわてて電話してきて、ベルリンでなら試乗できると言って来た」。どうもお金持ちたちの間では、試乗のアポイントメントがなかなか取れないくらい、マイバッハの人気は高いようである。

* 強いロールス・ロイス人気

だがクレムス氏によると、ロールス・ロイスの愛好者たちの間では、マイバッハには批判的な意見が強い。「マイバッハの外見は、メルセデス・ベンツにそっくりで、あまりかわり映えがしない。せいぜい後部座席が、旅客機のファーストクラスのように、リクライニング・シートになっているのが快適なくらいかな。私はこれまでロールス・ロイスに20台乗ってきたが、ロールス・ロイスをゆったり走らせるのが、最高だと思っている。高速で走る気もないし、ハイテク設備もいらない」。

枯れた境地に到達したのか、クレムス氏にとっては、わずか5秒間で、停止状態から時速100キロに加速できる、マイバッハの500馬力のエンジンや、車内で電子メールを受信できるコンピューターも、魅力とは映らないようである。さしものマイバッハといえども、伝統を誇るロールス・ロイスの愛好者たちの心をつかむのは、容易ではないかもしれない。

2003年2月19日 週刊自動車保険新聞