保険金詐欺との戦い(下)

前号でもお伝えしたように、ドイツでは保険金詐欺による被害が深刻化しており、その被害額は毎年40億ユーロ(約5560億円)に達している。

特に保険会社の幹部が「保険金詐欺は国民的スポーツになってしまった」と嘆くほど、一部の契約者のモラルが低下し、あるアンケートによると、回答者の59%が「個人賠償責任保険で、被害額を実際よりも水増しして届けた」と答えている。

特に保険金詐欺の標的となっているのが、自動車保険である。

最も狙われやすいのが、自損事故もカバーする車両保険だろう。ドイツの保険会社や警察は、保険金詐欺に対してどのような対策を取っているのだろうか。

* 車両火災の25%は詐欺

 ヘッセン州刑事局によると、ドイツでは8分に1件の割合で車両火災が発生しているが、車両火災の4件に1件は、保険金の詐取を狙ったでっち上げ行為である。

車両火災を装った保険金詐欺による被害額は、毎年2500万ユーロ(約34億7500万円)に達している。こうした車両火災では、ドライバーが「走っていたら突然車が火を噴いて、あっという間に全焼してしまった」と申告することが多い。

 損害鑑定士は、燃えた車両について、(1)燃えやすい素材があるか、(2)酸素が送り込まれて燃焼が持続する状況があるか、(3)発火の原因はなにか、の三点について詳細な点検を行うとともに、ドライバーが申告した条件で、どの程度車が燃えるかについて、再現実験も行う。

こうした損害鑑定士の実験結果や経験に基づき、ドイツ保険協会(
GDV)とヘッセン州刑事局は、車両火災が詐欺かどうかを見破る上で、次のような事実を参考にしている。

(1)乗用車が数秒間の内に全焼することはあり得ない。

(2)技術的な故障や、製品の欠陥、事故の結果発生する車両火災は、通常ゆっくりと燃え広がる。

(3)車両の走行時と停車時では、燃焼の仕方に大きな違いはない。

(4)数秒間で車内に火が燃え広がったケースは、再現実験では一度もなかった。

(5)「車内のたばこの吸い殻から車両火災が起きた」という申告が非常に多いが、吸い殻を車内に落としても、せいぜいその周辺が焦げる程度である。

(6)専門家が、運転席など座席周辺にガソリンが燃えた痕があるかどうか、またエンジン周辺に細工を施した形跡があるかどうかなどを調べれば、放火かどうかは、通常断定することができる。

* 保険金詐欺を見抜くシステム

前号の冒頭に紹介した実例では、午前七時に「高級車が突然火を噴いて燃えてしまった」と損害受理センターに申告してきた客が、保険金を詐取しようとして自分で車に火をつけたことを見破られ、検察庁から起訴された。この事件では、損害受付の担当者がデータをコンピューターに入力している最中から、システムが「保険金詐欺の調査部に連絡するように」と自動的に警告した。

ドイツの保険会社は、種目別に保険金詐欺の可能性を示唆するポイントをコンピューターに入力しており、実際に報告された保険事故の内容が、このポイントをいくつも含んでいると、システムが警告したり、保険金詐欺の調査部に自動的にデータが送られたりする仕組みを取っている。

たとえばこの保険会社では、「高級車が爆発したと客が申告している点」、「火災が早朝に発生している点」、「火災が人里離れた場所で発生している点」、さらに「車両がリース契約である点」を、保険金詐欺の疑いを濃厚にするポイントとしてシステムに入力していたため、損害受理の時点からただちにマークすることができたのである。

特にドイツでは、車両が完全に壊れるか、盗まれる限りリース契約を途中で解除することは非常に難しいため、リース契約の車の事故と聞けば、損害担当者は注意するよう指示されている。

* データバンクで詐欺犯を追い込む

またドイツの損害保険業界は、UNIWAGNISと命名された、保険金詐欺を防ぐためのデータバンクを持っている。

保険会社は、客から申告があった保険事故の中に、前述のような詐欺を疑わせるポイントが含まれている場合、その事故を
GDVに報告するとともに、事故の内容を業界のデータバンクに登録するが、個人情報の保護のために、客の氏名と住所は暗号化しなくてはならない。

他の保険会社は、データバンクを検索して、自社が受理した保険事故の内容と似たものがあるかどうかを調べることができる。類似した保険事故が見つかった場合には、保険会社同士で客の氏名や住所を比較するなど、具体的な情報交換を行うことが許されている。

GDVでは、このシステムは個人情報の保護を担当する監督官庁の許可に基づいて運営されており、「怪しい客についてのブラック・リスト」を作ることが目的ではないと説明している。

暗号化されて、
UNIWAGNISに登録された氏名は、1998年から3倍に増えて、現在は300万件を超えているが、登録から5年間を経過した氏名は、抹消されることになっている。

* 車両盗難と保険金詐欺

 さて車両火災以上に、保険会社と警察の頭を悩ませているのが、車両盗難を装った詐欺事件である。GDVのトーマス・シュタウバッハ氏によると、最近では電子機器によってイモビライザーを無力化し、高級車を盗むハイテク窃盗団が横行しており、ヨーロッパでは自動車で国境を越えることが容易であるため、盗難と保険金詐欺の区別を行うことが、益々難しくなっている。

1993年にはドイツで盗まれた車の内、70%は発見されているが、今では盗難車のうち所有者の手に戻るのは、全体の半分にすぎない。

 関係者の証言によると、自動車盗難を行うグループはマフィアのように組織化される傾向が強まっており、首謀者はロシア、チェコ、ウクライナなどにいるケースが多い。組織の中では、役割が分担されており、西欧の町を走って高級車を探す係、ロックを壊したり、イモビライザーを無力化したりして車を盗み出す係、外国へ車を輸送する係に分かれている。

そして警察に摘発されても、芋づる式に捕まらないように、それぞれのグループはお互いの素性について知らされない、縦割りの構造になっている。警察はかりに実行犯を捕まえても、ロシアなどにいる黒幕まで摘発することは、めったにできない。

GDVでは、警察に盗難届が出された車両の20%から30%は、保険金詐欺目的であると推定している。

盗難を装った保険金詐欺でよく使われる手口は、外国の窃盗団が、自動車を売りたがっているドライバーに電話をかけ、「我々に販売価格の10%を支払ってくれれば、車を外国に持ち出して、行方をわからなくしてやる。あとは、保険会社に盗まれたと申告して、保険金を受け取れ」と持ちかける物だという。

ドイツの保険業界は、中欧・東欧諸国の保険会社や警察、法務省と連携を強めることによって、この種の詐欺を防ぐ努力を行っている。この結果、たとえばポーランドでは西ヨーロッパで盗んだ車を売ることは以前よりも難しくなったほか、国境での車の検査も強化されている。

* 小額でも警察に告訴

 ドイツの保険業界では、修理代の請求書にゼロを書き加えることによって、保険金を水増しするような、一見些細に見える行為も、保険金詐欺には変わりないとして、小額の事件でも、警察に届ける方針を明らかにしている。

保険金詐欺で有罪判決を受けた場合には、たいてい最高5年の懲役を覚悟しなくてはならず、重い場合には最高10年の刑が科されることもある。一旦詐欺未遂が発覚すると、保険は無効になる上、新たな自賠責保険や車両保険を買うことも、極めて難しくなり、車の運転はできなくなる。

保険会社がこうした厳しい態度を取る背景には、一罰百戒の姿勢を示すことによって、高額の保険金詐欺を防ぐだけでなく、「高い保険料を払っているのだから、少しくらい保険金の請求額を水増ししてもかまわないだろう」という市民の間の「出来心」を封じるという狙いがあるのだ。


熊谷 徹

自動車保険新聞 2003年7月15日