クローン技術論争・人と神の間で

生命工学は、原子力技術に匹敵する衝撃を、我々の社会に及ぼそうとしている。

2月上旬に韓国と米国の科学者たちが、「卵子を使ったクローン技術によって、ヒトの胚(はい)を作り、様々な組織を形成する元になる幹細胞を生み出すことに成功した」と発表したことは、生命工学技術がいかに急速に進んでいるかを浮き彫りにした。

人間のクローン胚の製造は、両刃の剣であり、日本やドイツ
,フランスでは禁止されている。臓器移植で常に問題になるのは、生体の拒否反応だが、クローン技術によって患者の細胞から、組織を増殖すれば、拒否反応のない「人工臓器」を作ることができるかもしれない。また現在は副作用の危険が強くて使用できない薬でも、患者の組織から作った臓器で事前にテストして量などを調整すれば、副作用を減らすことができるかもしれない。クローン技術は、重い慢性疾患に苦しむ何百万人という人々には、福音となるかもしれないのだ。

これに対して、反対派が懸念するのは、すでに「代理母産業」が存在する米国やアジアで、クローン技術によって子どもを作ったり、臓器採取用の人工胎児を養殖する「農場」を作ったりする動きが出ることである。クローン胚を子宮に戻せばクローン人間の製造が可能になるが、この技術で製造された羊「ドリー」の実験の際にも、50頭近い奇形児が生まれている。クローン技術で人間を作る際にも、同様のトラブルが数多く発生する危険がある。

クローン人間の製造は、人間が神の領域に足を踏み込むことを意味し、倫理的に重大な問題を抱えている。韓国のように製造が禁止されていない国では、近い将来、病気を治療するためのクローン胚製造と、組織生成ビジネスがスタートを切るに違いない。

ところでこのニュースに対する反響が、日本よりもドイツではるかに大きかったことは、欧州で今もキリスト教の倫理がいかに根強く残っているかを反映していて、私には興味深かった。特にドイツの知識階層にとっては、ナチスが強制収容所などで人体実験を行った記憶が生々しいため、「人間の尊厳」にかかわる問題を軽視することができないのである。ビジネスと利益が優先される一方の世の中に、反対意見を持つ国があることは、貴重だと思う。

週刊 ドイツニュースダイジェスト 2004年2月20日