ドイツとイスラエルの長い道

　「ショアー（ユダヤ人大虐殺）のために、私たちドイツ人は今も恥の感情を持っています。私は、虐殺の犠牲者、生き残った人々、そして彼らを救った人々の前で、頭（こうべ）を垂れます」。

メルケル首相は、３月１８日にエルサレムの議会（クネセット）で演説した時にこう語り、イスラエル人たちの前で改めて謝罪と反省の意を表わした。

メルケル首相の今回のイスラエル訪問は、異例づくめだった。

これまでイスラエルの議会で演説をする外国人は、大統領など、国家で最高の地位にある人に限られていた。首相という立場で演説をしたのは、メルケル氏が初めてである。

彼女がドイツ語で演説したことも、異例だった。

イスラエルには、ホロコーストのために今もドイツ人を憎んでいる市民がいる。彼らはドイツ人には会いたくないし、できればドイツ語も耳にしたくないと思っているのだ。

そうした国で議員たちが、メルケル氏に母国語で演説することを許したのは、注目に値する。ドイツ語を聞くのは耐えられないとして、議場を離れた議員もいたが、少数派だった。

メルケル氏が外務大臣だけでなく、経済大臣や環境大臣まで同行させたことも、興味深い。

今回の訪問では、ドイツ・イスラエル定期閣僚協議の、最初の会合が開催された。すでにイスラエル政府は、「ドイツは米国の次に重要な友好国」という評価を与えていた。両国は、関係をさらに深めるために、外交だけでなく、経済協力、環境保護など広い分野についても話し合うことを決めたのだ。定期協議は、閣僚たちが毎年お互いの国を訪問して開かれる。

メルケル首相が、スデ・ボカーというキブツを表敬訪問したことも象徴的だ。

ここは、イスラエルを６０年前に建国したベングリオンが、晩年を過ごした場所である。西ドイツのアデナウアー首相は、このキブツにベングリオンを訪れて、補償問題などを協議し、イスラエルとの和解のための、第一歩を記したのだ。

メルケル氏がこの場所を訪れたことにも、イスラエルとの関係をさらに緊密なものにしたいという、首相の決意が表われている。

メルケル氏はイスラエル議会での演説の中で、「ドイツにとってイスラエルの安全は、かけがえがない」と断言し、イスラエル殲滅を今も主張するイランが、核開発問題で譲歩しない場合には、厳しい制裁を国連に求めるという態度を明らかにした。

イスラエル人の間では、イランに対する不信感が根強い。メルケル首相は、イスラエルを守るという態度を鮮明にすることによって、ユダヤ人たちの信頼感を勝ち得ようとしたのである。

ただし、ドイツ人がどんなに努力しても、ナチスが殺人工場を建設したり、特殊任務部隊（アインザッツ・グルッペ）に銃殺を行わせたりすることによって、ユダヤ人６００万人を殺害した事実は、消えない。

多くの家庭には、今も憎しみの炎がひそんでいる。イスラエル人たちと話をすると、そのことを強く感じる。

現在ドイツで話題になっている、ジョナサン・リテルの「善意の人々」のような本は、これからも何度も現れるだろう。

それでも、ドイツ人が教育や報道を通じて、自国の歴史の恥部を若い世代に伝えていることは、周辺の国々の信頼を回復する上で、役立ってきた。

過去と批判的に対決しない国は、他国からなかなか信頼されないだろう。

週刊ニュースダイジェスト　２００８年４月１１日