シュレーダー氏の天下り先

 

私はシュレーダー氏が首相だった頃、ベルリンで行われた懇談会に招かれたことがある。

旧連邦首相府の会議室で彼を見て、伝統的な社民党の政治家よりは、実務を優先するビジネスマンという印象を持った。

したがって、議員を辞職して間もないシュレーダー氏が、ロシアとの天然ガスプロジェクトを担当する会社
NEGPに、役員として再就職すると聞いた時は、正にビジネスマン宰相そのものだと思った。

 

ロシアからバルト海を経て、ドイツに天然ガスを供給するこのプロジェクトは、シュレーダー氏が首相時代に、ロシアのプーチン大統領との親密な関係をフルに生かして、積極的に推進した計画だ。

ロシアの巨大ガス企業ガスプロムと、ドイツのエネルギー企業
EONBASFが、60億ユーロ(8400億円)を投じてパイプラインを建設し、2010年からガスの供給を開始するという、壮大な計画だ。

ナチスに支配されていた時代に、ドイツはソ連を侵略して多大な損害を与えた。そうした過去を埋め合わせるためにも、ドイツとロシアが経済関係を深めるのは、悪いことではない。

 

だがこの天下りには、ドイツ国内で轟々たる批判の声が上がっている。

政治家を辞めて一ヵ月も経たない内に、天下りの話が持ち上がるというのは、いかにもきな臭い。

しかも、自分が首相時代に後押ししたプロジェクトを推進する会社である。

同じ
SPD(社会民主党)の党員の間から、「私ならあのようなことは、絶対にやらない」とか、「この天下りによって、シュレーダーの首相としての功績は台無しになる」という声が聞かれるのも、無理はない。

 

このプロジェクトには、諜報機関の影も見え隠れする。ガスプロムがプーチン氏の強力な支配下にあることは、周知の事実。プーチン氏はソ連の諜報機関KGBに勤めていた時に、東独のドレスデンに駐在していたことがあり、ドイツ語が流暢な親独派として知られる。

興味深いことに、シュレーダー氏が監査役会の会長に推薦されている合弁ガス企業
NEGPには、ドレスナー銀行のロシア支店長ヴァルニヒ氏も役員として参加することになっているが、彼は東独の秘密警察シュタージの幹部だった。

シュレーダー前首相は、「プーチン氏は真の民主主義者だ」と絶賛しているが、チェチェンでの強硬な弾圧政策や、自分に従わないエネルギー企業ユーコスの社長を、検察当局に逮捕させて裁判にかけるようなやり方を、真の民主政治と呼べるのだろうか。

もしもシュレーダー氏の親ロシア政策が、自分の再就職先を確保するための準備だったとすれば、情けない話である。

 

だが実利を最優先するシュレーダー氏は、党内や世間の批判など意に介せず、わが道を往くだろう。

金につられて政治家が企業の軍門に下るのは、残念ながら、今に始まったことではない。

週刊 ドイツニュースダイジェスト 2005年12月23日