イラクと北朝鮮・ダブル危機の出現

米国CBSテレビとのインタビューでサダム・フセインは、「わが国には国連との取り決めに違反するミサイルなどない。私は亡命する気はないし、戦争になったらここで死ぬ」と断言した。独裁者のこの言葉に表れているように、イラクが国連の査察に完全に協力する見込みは、ゼロに等しい。

しかしフランスやドイツ、ロシアは査察の継続を強く主張しており、仮に国連安保理で新しい決議案について採決が行われた場合、常任理事国の拒否権によって、米国の決議案は否決される可能性が強い。その場合、米国と英国が国連のお墨付きなしでも、イラク攻撃に踏み切ることは、ブッシュ大統領のこれまでの発言からもほぼ間違いない。米英が安保理の議決を無視した場合、国連の無能力さが全世界に強く印象付けられることになり、この国際機関は創設以来の危機を迎えることになるだろう。

しかも世界が抱えているのは、イラクだけではない。北朝鮮・朝鮮民主主義共和国は、米国が20万人の兵力をイラク周辺に集結させており、東アジアでは本格的な軍事行動をとりにくい状況を巧みに利用して、挑発行為をエスカレートさせている。北朝鮮は、韓国の新しい大統領が就任する直前に、対艦ミサイルを日本海へ向けて発射したほか、94年の米朝枠組み合意で操業を停止させていた、寧辺の黒鉛型原子炉を再稼動させた。

米国政府は、北朝鮮がすでに核弾頭を2発持っているという見方を強めており、原子炉の稼動によって、さらに数発の核弾頭を製造できると見ている。だが北朝鮮を米国が攻撃した場合、3万7000人の在韓米軍だけでなく、38度線に近いソウル市に住む人々の間にも、北朝鮮軍の砲撃で多数の犠牲者が出る恐れがある。「大量破壊兵器を持っていない」と主張するイラクが米国に攻撃され、「核兵器を開発している」と公言している北朝鮮が、米軍兵士とソウル市民への被害を理由に、攻撃を受けない。米国の政策の矛盾は、誰の目にも明らかである。

しかし今後米軍の対イラク攻撃が近づくにつれて、北朝鮮は挑発行為をさらに強める恐れがある。再び日本周辺への弾道ミサイルの発射実験が行われるかもしれない。われわれ日本国民は、ミサイルから国土を防衛することができないどころか、米軍が偵察衛星からの情報によって、ミサイルへの燃料注入などが始まったことを連絡してくれない限り、ミサイル飛来の事実すらわからない。日本政府が戦後半世紀にわたって米国に完全に依存し、独自の安全保障政策を取ってこなかったことのつけを、我々は今払わされようとしている。

日本政府も米国も、「北朝鮮の状況は、まだ危機ではない」と繰り返し発表しているが、北朝鮮をめぐる状況は、1994年の核危機の時よりも深刻である。日本では、市民の不安が高まっており、「わが国も抑止のために核武装するべきだ」という声すら出始めている。

各国の首脳たちは、冷戦終結後、最も深刻なダブル危機に直面した今、巧みにハンドルを切って破局を避けるだけの才覚を持っているだろうか。 

週刊 ドイツニュースダイジェスト 2003年3月8日号掲載