独仏・初の共同歴史教科書

ドイツ人とフランス人は、ナポレオン戦争、普仏戦争、第一次・第二次世界大戦など数々の戦争を繰り返し、何百年にわたって犬猿の仲であった。

フランスのドゴール大統領と西ドイツのアデナウアー首相以降、両国はこの歴史を繰り返すまいと、関係改善に取り組んできた。

その結果ドイツは欧州連合(EU)に半世紀以上にわたって身を埋め、独仏はヨーロッパ諸国の中で最も強い友好・協力関係を持つパートナーとなった。

その独仏友好の歴史に、今年7月に、また一つ重要な里程標が置かれた。

ドイツとフランスの歴史学者たちが、共同で執筆した歴史教科書を初めて発行したのである。

この教科書は全3巻。

今回発売されたのは、1945年から今日までの時代を、ドイツ語とフランス語で著したもので、両国の高等学校(ドイツではギムナジウム、フランスではリセ)で使用される。

来年以降、残りの2冊も順次発行される。

独仏の全ての文部当局が認可したので、両国の若者たちは、9月に始まる新学期から、同じ教科書を使って現代史を学ぶことができる。

ドイツが他の国と共通の歴史教科書を作ったのは、初めて。

この教科書が作られたきっかけは、戦後独仏の友好の基礎となった、「エリゼー条約」調印40周年の記念式典が、2003年にパリで行われたことである。

式典に参加した両国の議員たちと政府首脳らは、共通の歴史教科書を発行するプロジェクトを始動させ、ドイツの教科書会社クレット社とフランスのナタン社が、編集作業を担当した。

戦後西ドイツ人たちは、ナチスが戦争中に大きな被害を与えた国々と和解するには、自国の若者に、ナチスによる犯罪の事実を、ありのままに伝えることが重要だと考えた。

周辺国の被害者たちに、「ドイツ人の若者たちは、歴史をきちんと学んでいる」と知らせることが、信頼を回復する上で欠かせないと思ったのである。

このため、西ドイツの歴史学者ゲオルグ・エッカートが1951年に創立した国際歴史教科書研究所が中心となって、フランス、英国、ポーランド、ロシア、デンマーク、オランダなど12カ国の歴史学者と、200回を超える会議を開き、各国の歴史教科書の内容を検討する作業を続けてきた。

歴史家たちは、お互いの歴史教科書の内容が偏っていないか、感情的になっていないかどうかを分析し、文部省や教科書出版社に対して、勧告を行ってきた。子どもたちが、両国にとって受け入れられる客観的な歴史を学び、先入観を持つことを防ぐためである。

日本と韓国の間では、2001年から歴史共同研究委員会が始まっているものの、大きな進展は見られない。

中国との間では、教科書会議すら始まっていない。日本、韓国、中国の間の緊張関係を減らすためにも、相互の教科書の内容を客観的にする作業は、重要だと思うのだが。

(文と絵・ミュンヘン在住 熊谷 徹)

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保険毎日新聞 2006年7月