歴史から学ばない人間

ドイツの哲学者ヘーゲルの言葉に、次のような警句がある。

「歴史から学ぶことができるただ一つのことは、人間は歴史から何も学ばないということだ」。

この言葉は、現在の米国の対イラク政策にもあてはまる。

米国は1964年から9年間続いたベトナム戦争で、約5万8000人の死者を出して敗北したが、今再びイラクへの軍事介入で、身動きが取れなくなっている。

これまでイラクで戦死した米軍将兵の数は、約3800人で、まだベトナム戦争の死者よりもはるかに少ない。

だがイラクの抵抗勢力は、自爆テロの手を緩めていないため、治安が着実に回復しているとは言いがたい。

またイラク国民には、米軍をはるかに上回る死傷者が出ていることを、忘れてはならない。

戦争のコストもうなぎのぼりだ。

現在米国の納税者が毎年負担しているイラク、アフガニスタンなどでの対テロ戦争の費用は、138億ドル(1兆6560億円・1ドル=120円換算)。毎日552億円の金をつかっていることになる。

あまりに桁数が大きいので、不審に思ってあちこちの数字を確認してみたが、毎月ほぼ100億ドルから130億ドルの資金がつぎ込まれていることは、間違いない。

2001年の同時多発テロが起きてから、今年5月までに対テロ戦争に使われた金は、6100億ドル(73兆2000億円)。

この内、74%がイラクでの戦争にあてられている。

議会予算局の推計によると、7万5000人の将兵を、2017年までにイラクに駐留させると、対テロ戦争のコストの累計額は、1兆9000億ドル(228兆円)という天文学的な金額に達する。

ちなみに、米国がベトナム戦争のために9年間に支出した戦費は、現在の貨幣価値に直すと5184億ドル。

つまり、対テロ戦争には、すでにベトナム戦争を上回る金がかかっているのだ。

われわれ庶民には想像もできない金額だが、イラク戦争が米国経済を圧迫していない理由は、ベトナム戦争の頃に比べてこの国の経済規模がはるかに大きくなっていることだ。

米国の国内総生産(
GDP)は、13兆1600億ドル。

これに対し、2007年の対テロ戦争の予算は、1658億ドル。

つまり、戦争のコストは
GDPの1・3%にも満たないのだ。

ベトナム戦争の軍事費は、
GDPの9・4%を占めていた。

さらにこの比率は朝鮮戦争では14・2%、第二次世界大戦では約30%とはるかに高くなっていた。

ダイナミックな米国経済は、巨額な戦争のコストにも、痛痒を感じないのである。

多くのドイツやフランス人たちは、イラク戦争に反対して正しかったと考えている。

アメリカ帝国の栄華は、いつまで続くのだろうか。

(文と絵・ミュンヘン在住 熊谷 徹)

保険毎日新聞 2007年12月