年金支給年齢・67歳に引き上げ

 ついに来るべき物がやって来た。

ドイツのメルケル政権は、今年10月24日、公的年金の支給開始年齢を、現在の65歳から67歳に引き上げることを決定したのだ。

日本と同じく、ドイツでも公的年金制度はパンク状態。GDP(国内総生産)の伸び率が鈍化し、高齢化と少子化が進めば、高度経済成長時代に整備された年金制度が暗礁に乗り上げるのは、火を見るよりも明らか。

そこでドイツ政府は、前のシュレーダー政権の時代から、ビスマルクが公的年金制度を導入して以来、最も大規模な改革を進めてきた。

平たく言えば、年金の支給額を減らし始めたのである。これまで手厚い社会保障制度で知られたドイツは、世界でも労働コストがトップクラスであり、グローバル化の時代には国際競争力の面で不利である。

このため、政府は年金保険料を大幅に引き上げることはできない。となれば、支給額を減らすしかないのだ。

メルケル政権の提案によると、年金支給開始年齢は、2012年から暫時引き上げ、2029年には67歳とする。とはいうものの、実際に67歳まで働ける人はめったにいないから、ほとんどの人は、63歳になれば公的年金の支払いを申請する。

年金を前倒しにしてもらう場合には、保険料の払い込み期間が短くなるので、支給額はそれだけ少なくなる。

ただし、45年間にわたり年金保険料を払い込んだ人については、特例として支給額をカットしないことになった。一種の功労賞というわけだろう。

私はドイツでもう16年間にわたり、公的年金の保険料を払い込んでいるが、今回の年金改革で一番損をするのは、今まさに額に汗して働いている人々である。

我々勤労者は、前の世代に支給される年金を稼ぎ出すために、懸命に働いているが、いざ自分たちが定年になる時には、改革の影響でもらえる年金の額が大幅に低くなるのだ。メルケル政権は、「これからは公的年金だけでは、とても食べていけなくなるので、個人年金保険などを買って、老後の備えを自分でするように」と国民に呼びかけている。

ドイツが統一される前までは、多い時には退職時の手取り所得の67%前後の公的年金がもらえたので、公的年金だけで悠々自適の生活をするお年寄りが少なくなかった。いま考えると、夢のような話である。

さらに大きな問題は、どうやって60歳過ぎまで働くかである。

現在ドイツの企業の41%は、50歳以上の社員を1人も雇っていない。50歳以上の勤労者にとって、働くのが益々難しくなりつつある昨今、年金支給年齢が67歳まで引き上げられるというのは、喜ばしいニュースではない。

(文・絵 熊谷 徹 ミュンヘン在住)筆者ホームページ http://www.tkumagai.de

保険毎日新聞 2006年10月