悲鳴を上げるドイツの医師たち
今年1月中旬、ドイツにある病院や診療所10万ヶ所の内、5万ヶ所でストが行われ、患者は診察を受けることができなかった。
森鴎外が留学した伝統あるベルリンのシャリテ病院でも、医師や看護婦たちがストライキを行った。
その最大の理由は、ドイツ政府の健康保険制度改革によって、医療費が加速度的に減らされているため、医師の診療報酬が大幅に減っていることである。
たとえば公的健康保険に入っている患者1人に対して請求できる診療報酬は、1半期あたり40ユーロ(5600円)に制限されている。
このため、開業医が受け取る毎月の診療報酬は、6600ユーロから1万3000ユーロ(92万円から180万円)だが、医師はこの中から看護婦への給料、家賃、医療器具などのコストを支払わなければならない。
また医師が公的健康保険に入っている患者1人に対し、1半期あたりに処方できる医薬品の額は、最高37ユーロ(5180円)に制限されている。
これではとても十分とはいえない。
ドイツではいわゆる混合診療が行われており、民間の健康保険を持っている患者には、こうした診療報酬や医薬品の処方額の制限はない。
OECD(経済協力開発機構)の調べによると、ドイツの開業医の平均年収は、8万7000ドル(957万円)で、米国よりも37%、オランダよりも23%、英国よりも14%低い。
また、米国の医師で働く医師の年収は、ドイツの病院勤務医の年収の5倍に達するというデータもある。
このため、最近若いドイツの医師の間では、英国やオランダなど周辺諸国へ移り住んで、そこで開業したり病院で働いたりする者が増えている。
私の知り合いの若いドイツ人医師も、ロンドン郊外の病院で働いているが、「待遇はドイツよりもはるかに良いので、ドイツへ帰る気は全くない」と話している。
ドイツ医師会連合会によると、現在1万2000人のドイツ人医師が国外で働いており、その内22%が米国で、21%が英国で勤務している。
かつては医学の先進国だったドイツで、医師の国外流出が深刻化しているのだ。
またせっかく医学を勉強しても、学生の40%が医学とは全く関係のない分野で仕事に就いている。
低い給料、労働時間の長さなどのために、医師として働くことを断念する人が増えているのだ。
特に地方では、今後医師不足が深刻化するものと予想されている。
しかしメルケル政権にとっては、医療費を減らし、健康保険料を引き下げて、労働コストを削減することが重要な目標となっている。
人件費を減らすことによって、ドイツ企業の国際経済力を高め、雇用を増やすことが優先的な課題だからである。
このため、診療報酬は今後ますます下落することが避けられない。
ドイツの医師たちにとっては、当分の間冬の時代が続きそうである。
(文と絵・ミュンヘン在住 熊谷 徹)
2006年2月 保険毎日新聞