この社会保障制度改革は本物だ

「聖域なき改革」の嵐が吹き荒れているのは、日本だけではない。私が住んでいるドイツでも、戦後最も大胆な改革が行われようとしている。

この国の公的健康保険、年金保険、介護保険制度は、社会の高齢化や少子化、景気後退などによって、いずれも巨額の赤字を抱えている。この国では給料の半分近くが、税金と社会保険料で消えてしまう。保険料は経営者と労働者が折半するために、会社側にとっては人件費が高いために、製品価格が高くなるし、雇用を拡大することができない。ドイツの失業率が10年以上にわたって、10%から下がらない理由の一つは、社会保障費用の高さにある。

社会保障にかかる費用を減らして人件費を削減し、ドイツ経済に活力を与えるため、どのように社会保障制度を改革するかについて、いま与野党の間、そして言論界で激しい議論が行われている。与党、野党ともに専門家委員会の答申を受け、様々な提案を公表しており、百花斉放のおもむきである。

たとえば、政府の諮問機関は、「公的健康保険料を払っていない自営業者や公務員も、公的健保制度への加入を義務付けるべきだ」として、保険料徴収の基盤を広げるべきだと主張している。一方野党の諮問委員会は、「現在は健康保険料率が国民の所得に適用されているので、所得の額に応じて、健康保険料の額が異なる。健康保険料を、国民一律同額にして、所得が低い人には国が税金で補助することによって、健康保険料が労働コストから切り離されるようにするべきだ」と提案している。

このように、ドイツではこれまでになかった大胆な改革案が飛び出し、ドイツ人ですら勉強しないと内容がわからないほど、複雑な議論となっている。私はドイツの社会保険に随分保険料を払い込んでいるので、この改革は他人事ではない。現在年金生活を送っている人たちは、公的年金だけで生活していけるようだが、我々が定年を迎える頃には、とても公的年金だけでは生きていくことはできないだろう。

いずれにしても、10年以上前から改革の必要性だけが叫ばれながら、実行は先へ先へと延ばされてきた後に、現在「改革は避けて通ることができない」という幅広い合意が、ドイツ国民の間で出来上がりつつあることは確かなようだ。13年前からドイツに住んでいるが、現在ほど社会保障制度改革の機運が盛り上がったことは、一度もなかった。問題は、改革の痛みをどのように振り分けるかで、意見が分かれていることだろう。

いずれにしても今年の暮れまでは、社会保障制度改革が、ドイツのニュースの目玉であることだけは間違いない。(文と絵・熊谷 徹 ミュンヘン在住)

2003年12月9日 保険毎日新聞