シュタイナー教育という幻想(上)

 日本でも知られている“シュタイナー教育”は八年制一貫教育。通常の教科以外に園芸、工作、芸術などの授業を大切にした “自由な教育”として一人歩きしている印象がある。しかし、このシュタイナー教育、本当に“自由”なのか。

 日本ではシュタイナー教育を批判する本は、皆無に等しい。たとえば、娘を二、三年間、シュタイナー教育が行われている学校に入学させた結果、感受性を育てる教育に感銘を受けた体験談などが出版されている。しかし、ドイツでは、シュタイナー教育を批判的にとらえた本がいろいろ出ている。その中でもドイツで子供を3人、こうした学校に入学させ、“悪夢を見た”母親のルポは切実なものだ。

「僕たちをひどい学校へどうして入れたのだ!」と子供たちから罵倒されるまでになり、母親の期待は見事に裏切られた。この母親は子供たちをシュタイナー学校に入れるまでは、既成の学校に幻滅したのでシュタイナー学校に大いなる希望を抱いていた。成績をつけることもなく、落第もなく、情緒教育で子供たちの個性を伸ばし、両親にとっても安心できるはずの学校であった。

 だが子供は怒った。「シュタイナー学校は本当の勉強ができる環境ではない」と。シュタイナー学校ではなによりも、普通の教科はさておき、オイリトミーという、「意識の芸術」が重視される。創設者ルドルフ・シュタイナー(1861−1925)の言葉によれば、これは体操でも演技でも発声練習でもなく(実際はこれらの混合)、言葉と音が持っている霊的かつ精神的な空間上の動きによって、自分と世界とのあいだにある調和を身体で表現する、つまり一種のパーフォーマンスにほかならない。これを毎日、練習する。子供たちは家に帰っても練習しなければならない。

 シュタイナー学校から“脱退した”親によると、この学校では常に「シュタイナー教育」のことを考えさせられ、少しでも疑問を呈したり批判したりすると非難されるので、交友関係もシュタイナー学校に通う子供たちの親に限られてきた。それだけでなく、テレビはだめ、ウオークマンまで禁止。親は洋服についてまで指示を受け、家庭生活のすみずみまで監視されたというから、一体、シュタイナーとは自由な教育どころか、“不自由な全体主義思想”ではないかとも思ったのだそうだ。

 シュタイナー学校はドイツにある一万校ちかい学校のうちの180校にしかすぎず、ドイツの教育界では異端児であることを、知っておく必要もあるのではないだろうか。

(文、福田直子)
保険毎日新聞 2003年8月28日号掲載